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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1063号 判決

控訴人 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 村本武志

被控訴人 株式会社コーワフューチャーズ

右代表者代表取締役 高利男

右訴訟代理人弁護士 中田敦久

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、三三一万八八七三円及びこれに対する平成八年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決の二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、六六四万〇七四七円及びこれに対する平成八年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  原判決事実摘示欄の「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当審における控訴人の付加主張

1  不適格者勧誘禁止違反について

被控訴人には、先物取引業者として、次のとおりの注意義務があるところ、本件取引は、これに違反してなされた違法なものである。

(一) 本件では、顧客にとって、手数料が嵩むのみで、利益になるわけではない、リスク性が高い取引がなされている。そのような場合、個々の取引状況における具体的個別的なリスク判断は、相場の動向を常に注視する時間を持たず、その判断材料の蓄積のない一般顧客がなし得ないのが通常である。

被控訴人は、このようなリスク取引を顧客が自ら進んで行うような場合でも、それが不合理であり、顧客にとって損失が被る可能性の高いような場合には、商品取引業者としては、高度な善管義務たる忠実義務に基づく、そのような取引を行うことを防止すべく助言する義務がある。

(二) 仮に顧客自ら意欲して注文を出した場合に、そこまでの助言義務がないとしても、当該注文が顧客自らの積極的な注文に基づかず、業者側の推奨に基づく場合には、その合理性を説明し、納得を得た上で受注すべきとする善管義務がある。

(三) 被控訴人は、商品取引業者として、右(一)、(二)のような判断を行うについての知識、経験、情報を有していたにもかかわらず、本件取引において、右各義務を尽くしていない。

2  断定的判断の提供、説明義務違反について

(一) 樋山は、当初控訴人を訪問した際、パンフレットや三〇〇万円を先物取引に投資した場合についてのチャートを示し、「今、金が絶好の買い時です。」、「一〇円上がればこれだけ儲かる。」等と述べて、金の有利性を強調し、金の先物取引を勧誘したのであり、勧誘者が商品取引専門業者従業員であること、控訴人が新規委託者であることを考え合わせれば、樋山の右勧誘、説明は、控訴人の投資判断を歪めるに足りる具体的な断定的判断の提供に他ならない。

(二) 被控訴人には、先物取引業者として、右1(一)、(二)のとおりの注意義務があるから、先物取引の説明は、抽象的説明ではなく、具体的な取引に則して、生ずべきリスクにつき、口頭で納得のいく説明をなすことが求められる。

また、具体的な取引に際しての投資判断は、より一層難しいものであり、両建や途転、買い直し、売り直しなどの手数料稼ぎが推認される取引手法を勧誘する場合にはその損失につき十分説明すべき信義則上の義務を負う。

しかるに、被控訴人は、本件取引において、控訴人に対し、右のとおりの説明をしていない。

3  新規委託者保護管理規則違反について

(一) 全国商品取引所連合会が定める受託業務指導基準では、「新規に取引を開始した委託者の保護育成期間を三か月と定め、同期間内の建玉枚数は原則として二〇枚を超えないものとし、これを超える建玉の注文があったときは、右規則の趣旨を十分に説明したうえ、的確に審査して、過大な取引となることがないようにする。」旨定められている。新規委託者保護管理規則が被控訴人の内部規則であるとしても、それは業界としての自主規制基準であり、業界の公序とされており、右期間中に過大な取引を行わないとすることは、委託者に対する商品取引員の一般的な注意義務を構成し、商品取引員らが、明らかに右規定の趣旨に違反し、委託者の能力等を無視したやり方で、追加取引の勧誘を行ったような場合には、そのことが社会的に違法な行為と認められる。

(二) 本件において、森川らは、受託前に、右規則所定の審査手続をとったことはなく、五月二五日の取引についてのみ、事後的に右審査手続を取ったのであり、右規則に則った手続が取られていない。

加えて、被控訴人が超過建玉申請の可否を判断する基礎となる控訴人の顧客カードは、被控訴人従業員が推測で記載したものであり、同カードに記載された控訴人の可処分所得、資産とも虚偽のものである。そのような虚偽の顧客属性の記載や、誇大・虚偽の勧誘者の説明に基づき、被控訴人が控訴人の超過建玉申請の可否につき判断したとすれば、それが適正であるはずがない。

4  無意味な反復売買について

(一) 両建は、その性質上、商品取引員の手数料稼ぎの道具とされるものであり、右のことは、同一種類の商品のみならず、値動きが相似関係にあるとされる、本件のような金と白金を用いる場合にも同様に存する。

(二) 森川が五月二五日に控訴人に対してなした勧誘(原判決一一頁九行目から同一三頁八行目まで記載のとおり)は、説明義務違反、断定的判断の提供、不実表示に該当する。すなわち、

(1) 元の建玉に追証の必要があるのに両建した場合、最終的な益金を出すには、元の建玉に追証が必要とならない時期に、値洗い益が出ている反対建玉の価格がその相場の天井(買建玉の場合)又は底(売建玉)であることを判断した上で、これを決済する必要があり、このような相場判断は、相場の波が単に上がる下がるかの通常の判断と比較してより一層難しいものとなる。

(2) このような場合、元の建玉に損失が生じて追証を支払わなければならない顧客に対し、両建を勧誘しその委託を受けた商品取引員としては、信義則上の義務として、顧客に対し、両建玉をして同時に決済すると元の建玉についての損失のほかに反対建玉の手数料も負担しなければならない旨を説明するとともに、両建玉によって最終的な益金を得ることはかなり困難であることを説明する義務がある。しかし、被控訴人はかかる説明を控訴人にしておらず、その点での説明義務違反がある。

(3) 加えて、白金四〇枚の売建玉をすることにより、金二〇枚の損失を埋められるし、さらに白金二〇枚の売建玉をすることにより、買建玉と売建玉を同時に仕切って、利益をあげられるとの言辞を用いての勧誘は、断定的判断提供の違法がある。

(4) さらに、金と白金の相場の値動きが似ているとしても、同一銘柄でない以上、その値動きは常に同一ではあり得ず、相場によっては金及び白金の売買建玉双方で利益を得又は損失を被ることも十分考えられるから、右(3)の言辞を用いての勧誘は、損が固定されるばかりか、利益が上がるとする説明に他ならず、誤導表示、不実表示に当たる。

第三当裁判所の判断

一1  請求原因1、2について

原判決理由欄の「第一 請求原因について」一ないし三(原判決五九頁一〇行目から同九四頁四行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。

(一) 原判決六四頁一一行目の「原告は、」の次に「昭和二九年九月一日生の男性であって、大学卒業後、昭和五三年からB山信用金庫に勤務し、」を加え、同六五頁二行目の(「三席)」を「(融資を担当し、同支店では、支店長、次長に次ぐ地位にあった。)」と改め、同七一頁一一行目の「同情し、」の次に「また、森川の右言動から、同人が控訴人に損をさせないで、かつ一週間くらいで取引を終了させると約束したものと信じ、」を加える。

(二) 同七四頁九行目の「森川は、」の次に「当時、貴金属全般に値段が下げの状況にあったところ、金の方は下げ幅がそれほど大きくなく、いずれ戻ってくるだろうが、白金の方は値下げ幅が大きいと思い、白金の売り玉をたくさん建て、白金の値段が下がれば、これによってある程度利益が取れるだろうから、その段階で、金と白金の両方を決済すればいいと判断し、」を加え、同一一行目の「損を」から同七五頁二行目の「建玉するよう」までを「損が出ず、利益が取れるのは売りの方であること、値段は白金の方が下がっているから、白金の売り玉を建てること、トータルとしてプラスに持っていくためには金と同じ証拠金ではプラスに持っていけないので、金より若干多い目の枚数を取引していただきたいと言って、白金六〇枚の売り建玉を」と改める。

(三) 同八八頁七行目の「求めたが、」の次に「今村は、」を加え、同八行目の「の今村の」から同九行目末尾までを「提案するにとどまった。」と改め、同八九頁一行目の「上で、」の次に「被控訴人との取引に対して資金を出している」を加え、同三行目の「もらおうかと思っているとの認識を伝え」を「ほしいと伝え」と改め、同四行目の「今村が」の次に「仕切には」を加え、同六行目の「結果」から同七行目末尾までを「ところ、控訴人は、これを積極的に否定するような発言をせずに、『取り合えず引く方向でして下さい。』と告げ、今村は『分かりました。』と答えて、その日の電話は終わった。」と改め、同九行目の「外して」の前に「この前言っていたように」を、同一一行目の「仕切って」の前に「そういう形でも、」をそれぞれ加え、同九一頁一行目の「説明を承諾した」を「説明に対し、控訴人は、『どっちにしても、落として下さいな。』と告げ、今村は、『分かりました。』と答えた」と、同六行目の「取引終了」を「控訴人は、七月二一日より数回にわたり、被控訴人に対して、取引の終了を求めているが、本日に至るまでそれが履行されていないとして、即時、取引を終了すること」とそれぞれ改める。

2  請求原因3について

(一)(1) 勧誘の違法性

① 不適格者勧誘禁止違反について

控訴人は、請求原因3(一)(1)のとおり、主張する。しかしながら、原判決理由欄第一の二1、2認定事実、殊に、控訴人は、昭和二九年九月一六日生れ(本件取引開始当時四〇歳)の男性であって、大学卒業後、昭和五三年からB山信用金庫に勤務し、樋山から金の先物取引を勧誘された当時、右金庫関目支店の融資担当副長(支店長、次長に次ぐ地位である。)の地位にあり、融資を担当していたこと、控訴人は、商品先物取引の経験はなかったものの、転換社債や株式を購入した経験はあったこと、控訴人の当時の年収は約六六八万円であり、評価額三〇〇〇万円程度の自宅及び三〇〇万円程度の預金を有していたこと(控訴人は、右預金は子供の教育資金であって、使途が決まっているから、右資金をもって余裕資金であるということはできない旨主張するが、右預金は、控訴人が子供の将来のための教育資金等の名目で、ボーナス時などに、一〇万円ずつ三人の子供や妻の名前で貯めてきたものであるから、右時点において明確に教育資金として使途の定まったものであったとは窺えず、むしろ、右預金を使用することは控訴人の判断に委ねられていたものと解するのが相当である。)、樋山がパンフレットやチャートを渡して先物取引を勧誘したのに対し、「自分なりに勉強してみて興味が出てくるようであれば考えるけれども、今は結構です。」と応えていることを考え合わせれば、控訴人は、通常の社会人として、十分な判断能力を有しており、商品先物取引の仕組みや危険性を理解し得る能力を有していたものと認めることができるから、控訴人は、商品先物取引不適格者であるということはできないし、右資産収入や樋山に対する応答(右の反応は勧誘する側からすれば、勧誘を重ねて興味を抱かせれば、取引に応じる可能性があると期待するのも無理もない反応であるということができる。)からして、控訴人に余裕資金や取引への意欲がなかったということはできないから、控訴人が取引適合性を有していなかったということはできない。

控訴人は、当審における控訴人の付加主張1のとおり主張する。しかしながら、右認定説示のとおりの控訴人の学歴、職歴、職場での地位、年齢等に照らせば、控訴人は商品先物取引の商品の仕組みやリスクについての認識力、理解力は通常の社会人として十分なものがあったといえるところ、森川は控訴人に対し、原判決理由欄第一の二2(一)(4)ないし(6)のとおり、取引を勧誘し、商品先物取引委託のガイドを交付したのであるから、被控訴人には、それ以上に、控訴人主張にかかるような事業者としての注意義務があるということはできない。

② 無差別電話勧誘禁止違反について

商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項によれば、「面識のない不特定多数の者に対して、早朝、深夜等相手方の迷惑を顧ることなく、電話等により商品先物取引の委託の勧誘もしくはこれと混同誤認されるような呼びかけをしないこと」とされているところ、右の趣旨は、商品先物取引の委託の勧誘のために電話をかけようとする相手方の選択、電話をかける先(自宅、職場等)、時刻、時間、電話の内容、かける回数等からして、商品取引員のかけた電話が、社会通念上、相手方の迷惑となる非常識な勧誘行為と評価される行為を禁止するところにあると解するのが相当である。

原判決理由欄第二の二2(一)(1)のとおり、樋山と控訴人とは面識がなかったものの、樋山は、金融関係者の名簿に基づいて、控訴人の職場に電話をかけたもので、電話の内容も、控訴人に金の先物取引を勧誘し、控訴人の勤務先が樋山の担当地区内にあるので、あいさつに寄らせてもらいたいと申入れたものであり、これに対し、控訴人は、「いるかいないか分からない。」と述べたのであり、右事実並びに右①のとおりの控訴人の属性に照らせば、樋山が控訴人の職場に電話をかけ、金の先物取引を勧誘した行為が、前記説示にかかる、商品取引勧誘員に対して禁止されているところの社会通念上相手方の迷惑となる非常識な勧誘行為であり、無差別電話勧誘に該当するものであったということはできない。

しかしながら、原判決理由欄第一二2(一)(3)のとおり、樋山が二度にわたり控訴人に電話をし、控訴人に対し金五〇枚の取引の勧誘をしたのに対し、控訴人が断ったにもかかわらず、話をしているときに相づちを打ったので右取引の委託をしたことになるとし、これに対する控訴人の抗議にも応じなかった樋山の行為は、真実建玉をしていないにもかかわらず、これを行ったものとした欺罔的なものであって(これについては、原判決理由欄第一の二2(一)(4)のとおり、森川においても、控訴人に対し、功を焦っての行為である旨釈明し、右取引をしていないとは明言しなかった。)、商品先物取引業者である被控訴人の従業員で、先物取引の勧誘にあたっていた者として、社会通念上是認されない違法なものであるというべきである。

③ 断定的判断の提供について

控訴人が森川から勧誘されて、被控訴人と先物取引を開始するようになったこと、右勧誘にあたっての森川の言動等は、原判決理由欄第一の二2(一)(4)ないし(6)のとおりであり、同認定によれば、森川が控訴人に対し、「今の相場状況ならば、誰がやっても結果が出る。」と述べ、先物取引の勧誘をするにあたって、相場の動き等を説明し、取引の危険性ついては、特に説明しなかったものの、控訴人は、通常の社会人として十分な判断能力を有しており、森川から、商品先物取引委託のガイド、約諾書及び受託契約準則を受取った上、「先物取引の危険性を了知した上で」取引を行うと明記された約諾書に署名押印し、「そのリスクも承知しています。」と自筆で記載した申出書を作成して、森川に交付しているから、右ガイド等を精読することにより、先物取引の仕組みや危険性等について理解し、認識することができたというべきであり、仮に控訴人が右ガイド等を読まなかったとしても、控訴人が有している社会人としての判断能力や金融機関の職員として金融商品について有している通常人以上の知識と判断能力に照らせば、控訴人には、森川の右説明等により、先物取引の危険性についての認識がなかったとは認め難いから、右森川の言辞をもって、断定的判断を提供したということはできない。

しかしながら、原判決理由欄第一の二2(一)(4)ないし(6)のとおり、森川は、樋山は若くて将来のある身であり、右②説示にかかる違法な行為が公になれば、外務員資格の取消も十分考えられる等として、控訴人の同情心に訴え、今回のことは樋山の上司である森川が最後まで迷惑をかけない形で終わらせる等言明し、控訴人に損をさせないようにして、一週間くらいで取引を終了させる趣旨のことを述べたので、控訴人は、森川の右言動から、同人において、控訴人に損をさせないで、かつ一週間くらいで取引を終了させると約束したものと信じ、被控訴人と取引を開始するに至ったところ、その後の取引の経緯(原判決理由欄第一の二2(二))に照らせば、森川において、控訴人に損をさせないようにして、右取引を一週間くらいで終了させる意思があったものと認め難いから、森川の勧誘行為には、右の点において、控訴人を誤信させて取引を開始させた違法なものであったというべきである。

控訴人は、当審における控訴人の付加主張2のとおり主張する。しかしながら、前記①のとおりの控訴人の属性等に照らせば、右主張(一)掲記にかかる樋山の勧誘、説明をもって、控訴人の判断を歪めるに足りる具体的な断定的判断の提供であったということはできないし、控訴人の属性に加えて、右の説示をも考え合わせれば、被控訴人には、控訴人に対し、右主張(二)契機にかかる説明義務があったということはできない。

(2) 取引内容の違法性

① 新規委託者保護管理規則違反について

原判決一〇〇頁三行目の「いること」の次に「(甲一〇、弁論の全趣旨)」を加えるほか、原判決九九頁七行目から同一〇一頁五行目まで記載のとおりであるからこれを引用する。

受託業務管理規則は、委託者の保護育成を図ることにより、業界の健全な発展に資するため、受託業務の適正な運営及びその管理に必要な事項を定めたものであり、商品取引員に共通する規則であるから、商品取引員が、右規定の趣旨に違反して、新規委託者から売買の受託を行ったときは、委託者の先物取引に対する理解力等の属性、資力、取引の経過等の諸事情をも勘案して、右規定に違反する行為が、社会的相当性を逸脱したと認められる場合には、違法の評価を受けると解するのが相当である。

そこで、本件について、これを検討するに、右掲記の事実及び《証拠省略》によれば、

被控訴人においては、新規委託者が三か月以内に二〇枚以上の建玉をする場合、委託者調書を事前に作成し、右書面に基づき、社内の管理担当班責任者(副責任者を含む。)に、超過建玉の申請をし、その審査を経て、知識、経験、資力が十分であり、二〇枚を超えて建玉をしても問題はないとの審査を得てから、二〇枚以上の建玉の執行をする体制を採っており、その際には、管理担当班責任者又は副責任者は、その審査内容を、速やかに総括責任者又は副責任者に調書(委託者調書)を添え、その旨報告することとされている。

被控訴人の大阪支店営業部営業課長として、新規の顧客と商談をし、契約する業務を担当していた森川は、控訴人は、先物取引の経験はないこと及び新規委託者保護管理規則により、新規委託者からは、原則として二〇枚以上の建玉を受託してはならないことを知っていたにもかかわらず、五月二五日、控訴人に、右規則の定める枚数を超えた六〇枚の建玉の取引を勧誘した際、口頭で上司の決済を受けただけであり、控訴人に関する委託者調書は後日作成されたものであること、したがって、右決済を受けるに際して、森川は、控訴人の資産収入についての確認をしていないし、控訴人にはどれくらいの資産収入があったかについては分からなかった。

被控訴人の大阪支店営業部営業部長として、一般の営業社員を管理監督する地位にあった今村は、直接話をしているからとの理由で、控訴人に関する委託者調書を作成していないし、控訴人に関して作成された委託者調書についても趣旨等は分からない旨供述している。

控訴人について、五月一五日付で顧客カードが作成されているところ(森川は、当時右カードを見ていなかったし、樋山からその内容についての報告も受けていない。)、右カードに記載された控訴人の年収、資産とも、実際のそれより多い金額が記載されている。

また、五月二五日の建玉の受託について、事後的に委託者調書が作成され、所定の審査がなされたが、委託者調書には、右審査において重要な判断事項となる控訴人の年収、資産とも、右顧客カードに記載された金額と同じであって、控訴人の実際の年収、資産より多い金額が記載されている。

控訴人は先物取引の経験はなかったところ、本件取引は全て三か月の保護育成期間内になされたもので、かつ、五月二五日以降の取引は、ほぼ全て右規則の定める枚数を超えた建玉を受託して行われたものであり、その合計は六四一枚であった。

ことを認めることができ、右事実を考え合わせれば、五月二五日の六〇枚の建玉の受託については、事後的ながら委託者調書が作成され、所定の審査がなされていること、控訴人は、金融機関の職員として、投資や投機の限度額を自ら判断し得る能力を有し、先物取引の危険性を知っていたと認められること、控訴人は、追証を預託したことはなく、控訴人が負ったリスクは預託した委託証拠金の範囲内であって、投資経験の乏しい者でも予見しうる範囲内のものであったといえることを考慮しても、新規委託者保護管理規則に違反した森川及び今村の右の行為は、商品取引員として、社会的相当性を逸脱した違法なものであったというべきである。

② 不適正な売買取引行為(途転・両建玉・直し他)

〉 原判決一〇二頁八行目から同一〇八頁五行目まで記載のとおりであるから、これを引用する。

当審における控訴人の付加主張4について

控訴人は、当審における控訴人の付加主張4のとおり、森川には説明義務違反があったと主張する。しかしながら、金の買い玉と白金の売り玉を建てることは、商品が異なる以上、前記説示の両建とはいえないし、商品取引員の手数料稼ぎの道具とされるものであるとは認め難いこと、控訴人の属性等は原判決理由欄第一の二1(一)のとおりである上、同2(一)(6)のとおり、森川は、控訴人との取引にあたり、ガイド等を交付したのであり、控訴人において、これを精読すれば、先物取引の仕組みや危険性等について理解し、認識することができたと認められることに照らせば、森川には、控訴人主張にかかる違法な行為があったということはできない。

③ 仕切り拒否について

原判決理由欄第一の二2(一)ないし(四)認定事実、殊に、控訴人が、被控訴人に対し、平成七年五月の時点で、同月末までで取引を終了するよう求め、その後も早期の取引終了を希望していたこと、しかるに、被控訴人は、その後も控訴人に対して、同認定のとおり、取引を勧誘し、取引の終了に応じなかったこと、そのため、控訴人は七月二一日、村本弁護士に相談し、その指示により、改めて今村に対し電話で取引の終了を求めたにもかかわらず、今村はこれに応じず、その後も、控訴人から取引の終了を求める旨の電話があったにもかかわらず、今村はこれに応じなかったため、控訴人は村本弁護士に依頼して、同弁護士が控訴人の代理人として出した取引の終了を求める旨の内容証明郵便が八月八日到達したことによって、控訴人との取引を終了させるに至ったことを考え合わせれば、七月二一日以降の今村の右行為は、仕切拒否に該当するものであって、違法なものであるというのが相当である。

もっとも、控訴人が、七月二一日、村本弁護士に相談した後、今村に対して取引の終了を求める旨の電話をした時の今村とのやりとりやその後の今村との話合いの内容等、原判決理由第一の二2(三)(1)ないし(4)認定事実に照らせば、控訴人は、今村に対し、右やりとりの中で、仕切りを求める旨の意思表示を終始明確になしていたのではなく、むしろ、値段を見ながら仕切っていきましょうとの今村の提案に同意したと受け取られてもやむを得ないとされるような言動をしていたと解する余地があること、同(四)のとおり、被控訴人は村本弁護士の内容証明郵便が到着した直後に全建玉を仕切っていることを考え合わせれば、七月二一日に、控訴人が断固として仕切りを求めれば、今村らがこれを拒否したと考えにくく、控訴人の優柔不断ともいうべき右言動からして、今村において、控訴人の申出の趣旨を、なるべく早期に、損害が少なくなるように仕切ってくれとの内容であると解し、七月二一日以降も建玉を即座に仕切らなかった面があることを否定し得ないのであり、その点において、控訴人には非難されるべきものがあったということができるものの、原判決理由欄第一の二2(一)ないし(四)認定事実に鑑みれば、右の点は、損害額算定に際しての控訴人の過失として斟酌するのが相当であるとしても、仕切拒否についての今村の行為の違法性を否定するものとはなし得ないというべきである。

(二) 右(一)によれば、本件取引は、金五〇枚の取引を委託していないのに委託したとした樋山の違法な行為を契機として、森川において、その意思を有していなかったにもかかわらず、若くて将来のある樋山の外務員資格が取り消されるような事態を回避し、穏便にすませるために、上司である森川が最後まで迷惑をかけない形で終わらせる、控訴人に損をさせないで一週間くらいで取引を終わらせるようにする旨述べ、森川らの立場に同情し、森川の右言葉を信じた控訴人をして、新規委託者保護管理規則に違反する受託行為をして、被控訴人と先物取引を開始継続させ、その後、今村は、取引の終了を求めた控訴人の要請に応じず、控訴人の代理人の村本弁護士から出された内容証明郵便が到達した後になって、全建玉を仕切り、控訴人との取引を終了させたのであるから、森川及び今村の右各行為は違法なものであり、これにより、本件取引は、全体として、控訴人に対する関係で不法行為を構成するものというべきである。

そして、森川及び今村らの右行為は、被控訴人の事業の執行についてなされたものであるから、被控訴人は、民法七一五条に基づき、これによって被った控訴人の損害を賠償すべき責任がある。

3  請求原因4について

原判決理由欄第一の二2(五)によれば、控訴人は、被控訴人との取引により、合計六〇三万七七四七円の損失を生じたことを認めることができるから、右金員が、控訴人の被った損害と認めるのが相当である。

二  抗弁について

右一1、2によれば、①控訴人は、その学歴や社会的地位等からして、通常の社会人として十分な判断能力を有しており、本件契約締結の際、被控訴人から商品先物取引委託のガイドや受託契約準則の交付を受けているから、これらを精読すれば、商品先物取引の仕組みや危険性を理解し得る状況にあったこと、②控訴人は一週間くらいで取引を終了させるとの森川の言を信じて被控訴人と取引を開始したところ、一週間経過後も、森川において取引を終了させずに、逆に、損を取り戻し、あるいは利益を確保するためと勧誘され、これに応じて取引を継続してきたこと、③控訴人は、七月二一日、村本弁護士に相談した後、今村に取引を終了したいとの電話をかけたときにも、今村から「値段を見ながら仕切っていきましょう。」等と言われて、それ以上、明確に仕切を要請するような発言をせず、その後も今村との電話でのやりとりの中で同様の状況が続いたため、今村において、控訴人の申出の趣旨は、なるべく早期に、損害が少なくなるように仕切ってくれとの内容であると解し、七月二一日以降も建玉を即座に仕切らなかった面があることを否定し得ないこと、④被控訴人は、最終的には、控訴人代理人の村本弁護士からの内容証明郵便によって控訴人との取引を終了させるに至ったこと、以上①ないし④に照らせば、控訴人にも、被控訴人との取引によって生じた損害の発生及び拡大に落ち度があったというべきであり、右落ち度は控訴人の過失として、損害額の算定において斟酌すべきところ、右説示にかかる控訴人の落ち度と森川及び今村らの行為を対比すれば、過失相殺として、控訴人に生じた損害の五割を控除するのが相当である。

したがって、被控訴人が控訴人に対して、賠償すべき損害額は、一3認定の金員から右割合による過失相殺をした三〇一万八八七三円となる。

三  弁護士費用について

本件事案の内容、審理経過、本訴認容額等諸般の事情を総合すれば、弁護士費用としては、三〇万円をもって相当と認める。

第四結論

以上のとおり、控訴人の本件請求は、被控訴人に対し、右二及び三の合計三三一万八八七三円及びこれに対する不法行為後である平成八年二月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よって、本件控訴に基づいて、原判決を本判決主文一ないし三項のとおり変更し、民事訴訟法六七条、六一条、六四条、三一〇条、二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 熊谷絢子 神吉正則)

〈以下省略〉

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